『フェル・アルム刻記』 追補編

§ 五. フェル・アルム中枢――歴史の調停者

フェル・アルム中枢を語る以上、デルネアについて記さないわけにはいかないだろう。
彼こそがフェル・アルムの構造を生み出し、調停を行う、影の支配者である。

デルネア

 フェル・アルム創世時に不老の身体を得た強大なる剣士。
 現在のデルネアその人の動向については、イャオエコの図書館の蔵書をかき回しても出てこない。我々司書がデルネアの存在をフェル・アルムに感じ取ったのもつい最近のことであり、司書長マルディリーンですら、ことデルネアについては把握しきれていないのが実情である。ただ、宵闇の公子レオズスを倒した英雄の一人であるため、彼がアリューザ・ガルドから姿を消す前のことについては歴史書に記載がある。
 デルネアはアズニール暦四一〇年頃、ユードフェンリル大陸の小国、モウエルの辺境に生まれた。その後どのような経緯があって奴隷戦士となったのかは定かではない。
(魔法に関する才能に恵まれないため、魔法の力を偏重するモウエルでは不当に低い扱いを受けたという説、彼の親がザビュール支持者であったという説等、諸説あるが、いずれも風聞の域を脱していない)
 だがユクツェルノイレらに、レオズス打倒の策をもたらしたのはほかならぬデルネアであり、二十歳に届かぬ年齢ながら、才覚に富んでいたのは事実である。

 デルネアはその後、レオズス打倒をはかる四人――すなわちユクツェルノイレ、ウェインディル、クシュンラーナ、デルネア――の中で、若年ながらリーダー格となり、レオズス討伐に至る。レオズス打倒に不可欠な、強力な剣を入手するためにデルネアとユクツェルノイレは異世界に赴くが、ユクツェルノイレはアリューザ・ガルドに帰還出来なかったらしい。デルネアとユクツェルノイレは、一回り近く歳が離れていたが、親友同士であった。ユクツェルノイレを失ったことについて、デルネアは非常に悔んでいたらしい。
(私にとってはこのことが、その後のデルネアの動向に多大な影響を及ぼしていると考えている)
 かくしてレオズスを倒したものの、魔導の暴走とレオズスの君臨という二つの悲劇を目の当たりにしたデルネアとウェインディル、クシュンラーナは、平穏な地を求めて去っていく。ここで彼らは、アリューザ・ガルドの歴史の表舞台から姿を消す。
 フェル・アルム建国後のデルネアについては、さきに『フェル・アルム正史』で明らかにしたとおりである。フェル・アルムの歴史の裏側には常にデルネアがおり、良きにつけ悪きにつけ、フェル・アルムの平穏のために動いてきた。
 だが、崩壊の兆しがみえる現在のフェル・アルムにおいて、今の彼が何を企んでいるのか、それは我々の知るところではない。

 ユクツェルノイレらと出会う以前からデルネアの剣技は一流であり、地下組織で名を知らぬ者はいなかったという。地下で人気を博していた殺戮遊戯にて、ゾアヴァンゲル(竜)をひとりで倒したというのだから、その実力は推して知るべしである。異世界にて“名も無き剣”を入手した彼は、比類なき強さを発揮する。彼の唯一の弱点であった魔法抵抗力の低さを剣が補い、デルネアと剣、二者の合わさった力は、魔導はおろか、ドゥール・サウベレーンの放つ業火すら跳ね返したという。
 フェル・アルムに君臨する今の彼が、どれほどの力を備えているのか、分かりかねる。

追記
 今しがた、フェル・アルムを取り扱う歴史書内に、新たな記述が増えているのが判明した。
(イャオエコの図書館の書物は、時間の進行に伴い記述が増えていくのである)
 デルネアが将軍を名乗り、烈火を率いて進軍を開始したというのだ。混乱のただ中、とうとうデルネアが歴史の表舞台に立つのか。これが何を意味するのか、先ほどディッセの野に帰還したマルディリーンに問うてみたが、彼女も首を振るばかりである。フェル・アルムに関する一連の事態は、ディトゥア神族ですら予期できない方向へ動こうとしているのだろうか?

* * *

《れい》

 デルネアの麾下にあり、フェル・アルムの実情をデルネアに伝える者達である。
 デルネアに絶対の忠誠を誓う彼らは隷と呼ばれ、中枢内の“天球の宮”に住んでいる。
 彼ら隷は、フェル・アルム創造に携わった魔導師達の子孫である。魔法の存在自体が明らかにされず、また禁忌でもあるフェル・アルムにおいて、唯一術の行使を許可されている。
 術使いとしての能力を保ち、かつ隷としての存在を明らかにされないために、彼らの子孫の残し方は通常と異にしている。隷同士で子をもうけるのが常套であるが(たとえ近親の間柄であっても、である!)、それが叶わなかった場合(隷全員の性別が同一である場合等)、人さらいにといっても差し支えないかたちで異性を天球の宮に引き入れ、子孫を残すのである。子孫を手に入れた後、引き込まれた異性はどうなるのか、という点は明らかではないが、処分されるか、口封じをした上で放逐されてしまう可能性が高い。男女間や親子間の感情というものは、隷達にとっては必要の無いものであり、むしろ排除すべきものであるからだ。隷達にとって必要な感情はデルネアに対する忠誠のみである。
 個々の隷には名前が無い。お互い名前を呼び合う必要性が無い上、中枢の表舞台には決して姿を現さないからである。
 ただ、隷の長という、隷達を束ねる長老的存在のみ、宮殿に姿を現すことが許されている。ただし、そのときの役割は隷の長ではなく、神託をドゥ・ルイエ皇に伝える司祭である。

* * *

疾風《はやて》

 正史一四年、フェル・アルムの治安を守る最終手段として、デルネアと隷によって結成された。
 常に単独で行動し、諜報や暗殺などを行う刺客。彼らの数の把握はしかねるが、おそらく百名くらいであろう。彼らの剣のこなしは素早く、確実である。フェル・アルムの一般の兵士達が、ならず者に対する威嚇のために剣を使うのに対し、疾風の剣は、純粋に殺人のために使われる。剣技のみに言及するのならばフェル・アルム随一を誇る、恐るべき集団である。また、中枢にとって危険と思われる存在に対してはきわめて過敏に反応し、排除することを何ら疑うこともなく行う。
 フェル・アルムを巡視する役目も担うため、彼らは目立たぬように、市井の者達と同じ服装をしている。
 この恐るべき刺客達は野放図にされているわけではない。法的には、ドゥ・ルイエ皇の命令と承認があって初めて行動することが可能となるのだ。だがそれ以外にも、デルネアからの命令が隷を経由して疾風達に伝わることがあり、厳密には法が順守されているとは言い難い。しかしデルネアの存在が“影”である以上、実状を知る者は皆無である。
 彼らの選出方法は多くが伏せられているようだが、“生き残り戦”というものについては記述が見つかった。
 それによると、疾風の候補者は十五人区切りで一室に閉じこめられ、それぞれ剣と盾を与えられる。その部屋から出ることが出来る人数は五人と決められている。部屋から出るために、彼らが行うことが殺しあいである! こうして生き残った冷酷無比な者達はさらに訓練を重ね、中枢を絶対的なものとして崇める戦士となるのである。

 地方を巡回する疾風は中枢への連絡手段として、文書のほかに胸元の宝珠も用いる。隷達の魔力が秘められているこの宝珠に念ずることで、術の力を持たない疾風でも至急の連絡が可能となっている。疾風は宝珠に込めた念が直接ドゥ・ルイエに届くものと思っている。文書による連絡はあくまで形式的なものと思っており、怠ることもある。
 だが実際は宝珠の情報は隷達が把握するところであり、何日も経てアヴィザノに届いた文書のみがドゥ・ルイエの元に届くというのが真実である。

* * *

烈火

烈火は、フェル・アルム究極の軍隊である。疾風では処理しきれないほど中枢に造反する者が多数出現することを想定して、正史三九五年にデルネアと隷によって結成された。
 烈火の剣技は疾風のそれと同じくらい高いものである。しかし、単独行動・迅速性をむねとする疾風とは異なり、烈火は集団連携による戦いに特化している。深紅の鎧に包まれた彼らと戦争を行って、無事で済むはずがない。
 烈火の人数は二千と、かなり大規模な組織である。ゆえに、よほどのことがない限り烈火の発動は行われない。疾風に比べると正史上の登場回数も少ないようである。“神託”を受けたドゥ・ルイエが勅命を下すことで烈火の発動は行われている。
 近年では、正史六〇六年の“ニーヴルの反乱”に際して烈火が発動されニーヴル達と戦っている。ニーヴル達は殲滅されたものの、烈火の被害も甚大であった。烈火も、フェル・アルムに住む民である以上、術に対する知識など持ち合わせているはずもなく、術使いであるニーヴル達に翻弄されたのだ。以降、烈火の鎧には、隷の手によって魔法に対する抵抗力が付与されるようになった。今の烈火を退ける者などフェル・アルムに存在しないと思われる。

 常に闇に潜む疾風とは異なり、烈火達は命令がない限り、フェル・アルムの民として普通に暮らしている。しかし、自らが烈火であることを明らかにすることは許されない。もし明確になった場合は、疾風によって即座に抹消される。もっとも、烈火が身分を明かすことなどあり得ない。彼らもドゥ・ルイエに絶対の忠誠を誓って疑わない身であるのだから。

烈火

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