『フェル・アルム刻記』 追補編

§ 八. “混沌”の出現について

 フェル・アルムという世界の存在が、アリューザ・ガルドに住まうディトゥア達や人間達に大きな衝撃をもたらしている。ひとつの世界が切り離されて実在していた、ということももちろんだが、それ以上に重要な事項があるのだ。
 “混沌”。
 アリューザ・ガルドの歴史が始まってこのかた、“混沌”本体が姿を現すことなどあり得なかった。しかし、フェル・アルムという、自然ではない世界の存在は徐々に空間の歪みを生みだし、ついには次元の遙か彼方より“混沌”を呼び寄せてしまった。
 もし“混沌”がアリューザ・ガルドに出現したとしたら――それは世界の終焉を意味するであろう。

原初の“混沌”

 “混沌”は、「偽タインドゥーム書」において、世界の創造と共に簡潔な叙述があるのみであった。そのため、今に至るまでは、“混沌”の存在の有無について議論が分かれていたのだが、フェル・アルムに“混沌”の力が及ぶに至って、ついに“混沌”が実在のものであることが明確となった。
(宵闇の公子レオズスは、“混沌”の力に魅入られたとされているが、これまで真相は明らかではなかった。レオズスによる狂言という考え方もあったのだ)
 私はイャオエコの図書館で、偽書の原本と思われる書物の欠片を見つけた。そこには創造の真実が詳しく書かれていたのだが、ここでは特に、“混沌”について記すこととする。

 原初の世界において、超存在“ミルド・ルアン”の体が死後、崩れ去ることによって、幾多のものが生まれ、あるものは次元の彼方に去ったが、この次元においては三つのものが残った。

 ひとつは大地。アリューザ・ガルドのもととなるべき広大な大地である。
 ふたつめは命。古神と呼ばれる荒ぶる神々――原初世界の支配者――が生まれた。
 そして最後のものが“始源の力”といわれる、数多に渡る圧倒的な力。これらは原始世界の周囲をたゆたっていたとされている。“混沌”も、この始源の力のひとつである。

 やがて、多く存在した始源の力は互いに反発し合うようになった。そして“混沌”は始源の力のすべてとなるのだが、その絶対的な力は抑制を失い氾濫する。(始源の力の氾濫)
 “混沌”は大地を洗い流し、古神やディトゥア達を襲った後、原始世界から忽然と姿を消した。
 その後、ミルド・ルアンの別の欠片であるアリュゼル神族が、“原始の色”と共に世界に現れ、衰えた古神達を追放した後に、色のある世界、すなわち我々の住むアリューザ・ガルドを創造していくのだ。

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“混沌”に魅入られたディトゥア――“宵闇の公子”レオズス

 アズニール暦四〇〇年代、バイラル達による魔導の研究は頂点を迎えていたが、その栄華は一瞬にして消え失せた。作為的に極限まで高められた“原始の色”の力が世界に氾濫したのだ。世に言う“魔導の暴走”である。
 これを消去せしめたのはディトゥアのレオズスだったが、彼であっても氾濫する力は強大であり、暴走をくい止めるにはさらに強大な力、すなわち“混沌”の力に頼るほかなかったのであろう。
 レオズスは“混沌”に魅入られ、アズニール王国をはじめとする諸地域に君臨した。冥王ザビュールと異なるのは、レオズスは一切の配下を持たなかったということ。しかしレオズスは“混沌”の一片を常に従えており、レオズスの意に背くものに対しては容赦なく、“混沌”の力を差し向けたという。レオズス本人の意志の有無はともあれ、人間達はレオズスに隷従するしか道がなかった。
 レオズスはさらに、“混沌”本体をアリューザ・ガルドに呼び寄せようとしていたらしいのだが、そこまで至ることはなかった。
 レオズスの君臨は長くは続かなかった。三年の後、デルネアらによってレオズスは倒され、同時に“混沌”の力もアリューザ・ガルドから消え失せたのである。

“混沌”がもたらすもの

 フェル・アルムに“混沌”が出現する際、フェル・アルムの夜空の星は飲み込まれ、天空は闇よりもさらに黒く包まれた。実際には“混沌”は闇に属するものでもなく、黒い色を象っているわけでもない。“混沌”には色があり得ないのだ。
(そもそも原始の世界では色の概念がまったく無かったわけであり、“混沌”は原始の世界における絶対的存在だったのだから)
 色無きものの究極。それが“混沌”の本質であると推測される。

 “混沌”は、“黒い空”と呼ばれる物質を形成し、フェル・アルムの空を飲み込みながら実体化していった。やがて夜の空を覆い尽くし、物質界を圧するに十分な力を得た“混沌”は、いよいよ世界そのものを洗い流そうと侵略を開始していったのだ。
 “混沌”の到来に先立って、黒い空が上空を覆う。それとともに地面は腐り果てていく。やがて“混沌”の先兵とも言える魔物――忌むべきものども“ゲル・ア・タインドゥ”が襲来する。
(ゲル・ア・タインドゥは、“混沌”の力が生み出した生物。もっとも“混沌”そのものが命を形成したのか、何者かを飲み込むことでゲル・ア・タインドゥへ変容させるのか、明らかではない。ともかく、それらは異形のものどもであり、我々の常識とはかけ離れた存在である)
 その後、黒い雲はひととき引き返し、魔物どもも姿を消すのだが、それは“混沌”の撤退を意味するものではない。やがて“混沌”本体が姿を現し、大津波のごとくに大地を飲み込むのだ。飲み込まれた者は抗うことすら出来ずに“混沌”に貪り食われる。
 その忌々しい傷痕は、フェル・アルム北部のスティン周囲において確認することが出来る。そこから北の大地――スティン山地や、クロンの宿り・ダシュニーといった居住地、さらに果ての大地は“混沌”の中に消え失せ、もはや姿を見ることはない。

 “混沌”は、色のある世界そのものを否定し、すべてを“混沌”のもとへ――世界を消滅へと導く。やがては原始の姿へと戻すのだろうか。もしかするとそれこそが超存在の意志なのかもしれないが、我々には、さらにはアリュゼル神族であっても、図り知ることなど出来るはずもない。

“混沌”に対抗する力

 色無き力の究極が“混沌”であるとするのならば、数多に渡る色の集大成、究極とは“光”である。
 元来、“光”は色の究極のもう一方の対極である“まったき黒”に対抗しうる色と認知されていたが、どうやら“混沌”に対しても抗う力を持ち得ていると思われる。事実、フェル・アルムに出現した聖剣ガザ・ルイアートは、とうとう“光”の本質すらも内包するまでに至り、“混沌”を彼方に追いやったのだ。
 だが、フェル・アルムに出現した“混沌”は、ほんの一部分に過ぎない。もし“混沌”が全貌を明らかにしたとき、かの聖剣が同じように威力を発揮するかどうか、それは不明である。

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